もらい事故でバイクが廃車に

私は車よりバイク派でした


<乗り初めのころ>
現在48歳男性です、高校生の頃学校へは電車で通っていましたが一部の生徒は交通手段が無く50ccのバイク限定ですが通学が認められていました。友だちの半分はバイク通学でカッコよく見えたものです、そのうち「自分も乗れるかな」程度でしたが、近くの自転車屋さんに修理を頼みに行ったとき「試乗OK」と書いてあるバイク(JOG50です)を見て、試乗させてもらいました。その時のインパクトは大きくバイクと言うものがこんなに速く気持ちのいいものなのかと、自分の感覚に合うものを感じました。その後免許も取りましたがバイクは買えずで、バイト先のに乗る程度でした。

<中型バイクとの出会いと痛かったこと>
高校も卒業し学生になったころ、バイトもするようになりお金に少し余裕が出てくるようになります。と同時に自転車通学だったのですが50ccより上のオートバイが欲しくなり近くの自動車教習所へ入学、約1か月かけて卒業し免許取得(普通免許がありましたので学科免除)、その後知り合いから250ccのバイクを安く購入し喜んで乗っていました。しかし3日後下り坂で車に衝突してしまいます、原因はブレーキの効かせすぎによるフロントロックでした。実は教習所でも急制動で一度コケていたのですが、その経験を生かせなかったようです。結局車の修理代5万円取られ痛い出費でした。こちらのバイクはタンクが少し凹み、チャンバーにキズが付いた程度だったのでそのままに。またその1か月後、白バイに捕まることがあったのですが、原因はセパハンが違法改造に該当するというものでした。納得いきませんでしたが結局は減点で改造を直した証明をしないと乗れないというおまけつきでした。バイクに乗るのも大変です。

<大型免許は諦めてました>
社会人になってからも中型を数台乗り継いでいましたが、大型二輪は当時、自動二輪限定解除運転試験と言われるもので自動車教習所では無く、運転免許センターでの実技試験でした、この試験が超難関で合格率は数%で、10回行っても受からない人はザラでした。そんな難関試験に受かる自身も無かったのでほぼ諦め数年400ccという期間を過ごすことになります、が、多分90年代後半に免許センターでも教習できることが決定、解禁当初は入学待ち100人と言われ待つこと1か月で入校することが出来ました。会社帰りに通っていたので大変でしたが無事免許取得、兼ねてから乗りたかったニンジャ900を皮切りに、ゼファー750、ZZR1100といろいろ楽しんでいました。今ではZZR1100での左右立ちゴケ事件をきっかけに、乗せられている感じが抜けず以降乗っていませんが、そのうち取り回しの軽い250ccでも乗ろうかなと考えるのが楽しみになっています。因みに車も乗っていましたが車とバイク乗る頻度はほぼ半々でした、今ではほぼ車です、歳ですね。もうすぐ50歳のおやじライダー(予定)より。



バイク 処分